『食わず嫌いのためのバレエ入門』/守山実花

昨今バレエが女性のエクササイズとして注目されている。熊川哲也が主宰するKバレエカンパニーでも大人の初心者コースが開設されており、仕事終りのOL達などで平日の夜はごった返している。
バレエダンサーを見てわかるとおり、彼女らの肢体はとても美しい。手足と首は長く、頭が小さい、そして何より全体的にほっそりとしている。だが、細いだけではなく、薄い皮膚の下には鍛え上げられた筋肉が隠されている。華やかな舞台上のダンサー達はいつも笑顔を忘れず軽やかに動きまわっており、一見楽しそうに踊っているように見えるが、その裏では絶えまない努力を欠かしていない。バレエのポーズ一つとってみても足の筋肉を細部まで駆使しないと、キープするのは厳しいものばかりである。また、ポーズだけではなく、跳躍やピルエットでも強靭な筋肉が必要とされる。特に、東洋人においては西洋人と違い、生まれつき足が湾曲しているためバレエ技術の基礎の一つアンドゥオール(足全体を股関節から外側に開くこと)をするにしても大変な訓練が必要とされる。そしてその厳しい訓練を乗り越えたあかつきにあのしなやかな肢体を手にするのだ。
本書はタイトルの通りバレエに対して食わず嫌いになっているあるいは、バレエを勘違いしている人たちのために書かれた本であるとともに、バレエを好きになり始めた者達の入門書でもある。わたし自身バレエの魅力に気付いたのは数年前から愛読しているバレエ漫画がきっかけなので、バレエに関して詳しい知識は身につけていないし、バレエを習うつもりも今のところはないので技術についてもさして興味は無い。だが、本書の中では技術や振付家・ダンサーについての解説の他にもバレエ作品についての解説がなされており、技術に興味の無い私のような者でも楽しく読めるような内容になっている。また、バレエの作品のほとんどが古典文学を題材にしているので、文学に興味のある人でも楽しく読めるのではないかと思う。
第1章ではバレエを食わず嫌いになった理由とその克服方法について、第2章では作品テーマについて、その他の章では劇場での鑑賞にあたってのマナーについて、ダンサー・振付家の紹介、そして最後にバレエに関する蘊蓄が紹介されている。ここでは、一番興味をひかれた第2章の作品テーマについて見て行こうと思う。バレエの作品としてよく知られているのが、チャイコフスキーの音楽で有名な『白鳥の湖』と『くるみ割り人形』だ。どちらもファンタジック過ぎて、大人の方には少々退屈な作品かもしれない。
だが、これらはバレエ作品のほんの一部に過ぎず、バレエ作品に最も多いテーマはもっと残酷なものであることを述べておく。例えば、本章で紹介されている『マノン』は、「愛と官能のR−15指定バレエ」というキャッチフレーズと共に、内容成分として売春/裏切り/殺人の三つが挙げられている。簡単なあらすじを述べると、少女マノンはある日騎士デ・グリューと恋に落ちるが、デートの最中に兄のレスコーにそそのかされ大金持ちのGM氏の情婦となってしまう。GM氏の主宰する乱交パーティーで再びデ・グリューとの愛に目覚めるも怒り狂ったGM氏により兄は射殺され、マノンは娼婦として逮捕される。牢屋に入れられたマノンであるが、その魅力は健在で看守からのセクハラに苦しむ毎日。その現場を目撃したデ・グリューは看守を殺害してマノンと逃げ出す。やがて二人は沼地の中を彷徨い衰弱したマノンはとうとうデ・グリューの腕の中で息絶えてしまう。以上のように淫らで暴力的な場面がこの作品には多く見られる。
また、本章では紹介されていないが、『春の祭典』もなんとも残酷な物語である。作品のあらすじは、ある村が豊かな大地を守るために年に一度太陽神ヤリロに生贄として少女を差し出すという物語。あるバレエ団では、春の祭典の衣装として全身肌色のタイツにして、振付もレイプまがいの表現が多く物議を醸したという。これら二作の他にも、本章で紹介されている『ラ・バヤデール』や『ジゼル』もロマンティック・バレエと称されている作品なども残酷な結末を迎えている。華やかな衣装や華麗な踊りとは裏腹に、作品のテーマは意外と残酷なのだ。
これらを読んで少しでもバレエに興味を持っていただけたであろうか。ここでは、作品のみに焦点を当てて紹介したが、バレエには他にも見所がたくさんある。これまで全くバレエに興味のなかった人でも、ぜひ読んでもらいたいバレエ本の一冊である。

食わず嫌いのためのバレエ入門 (光文社新書)

食わず嫌いのためのバレエ入門 (光文社新書)