『Tiny Stories』/山田詠美

本作は『文学界』で連載されていた短編小説のアソートであり、そのコンセプトは「すべて違う文体、違うイメージで」とのことだ。目次を開くと、1から5まである『GIと遊んだ日』という短編にはさまれて、さらに16の短編小説が並んでいる。16の作品はまるで飴玉かチョコレートのアソートのように、タイトルはばらんばらんだ。その様子はタイトルごとに鮮やかな違った色がついているかのようである。
どれから読もうか迷いつつも、まずは順当に1話目の『マーヴィン・ゲイが死んだ日』、続いて2話目の『電信柱さん』。前者は『僕は勉強ができない』を連想させるような一家のほのぼの話である。後者は一風変わって、本来生命を持たない電信柱にも感情があり、電信柱の視点で話が展開されている童話のような作品だ。短編集だと、こうも順序通りに読むことに飽きてしまったので、カラフルなパレットの中から、いかにもハッピーになれそうなピンク色を連想させる『LOVE 4 SALE』を選んでみたり、一体どういう話なのかと謎だらけな『にゃんにゃじじい』を唐突に選んで読んでみたりした。短編集だとこんな読み方が楽しめるのもいいところである。
そして、数あるタイトルの中でも注目したいのが、過激なタイトルで一際目立っていた『クリトリスにバターを』である。本タイトルは、もともとは村上龍氏がデビュー作『限りなく透明に近いブルー』につけようとしていたが、あまりに卑猥すぎるとの理由から却下された幻のタイトルなのだ。実はこの『クリトリスにバターを』と続く『420、加えてライトバルブの覚え書き』が視点を変えたセット作になっている。作中に出てくるカルピスバターという言葉を聞いた詠美さんの知人が村上龍氏の幻のタイトルを思いだしたことから、このタイトルをつけたという。
全体的に、著者の少し前の短編集である『色彩の息子』を思い起こさせる本であった。愛や幸せを追究したがゆえにちょっぴり残酷な結末を迎えるという物語が多い。ただ、『色彩の息子』と異なる点は、要所要所に散りばめられた『GIと遊んだ話』が唯一著者の体験を交えてピュアに描かれており、そこだけ残酷さが微塵も感じられない点であろう。
5つある中で最も気に入っているのが1つ目のGIにまつわる話だ。明日の船で横須賀を出るという恋人のカーティスとの別れを惜しむべく、多美子は最後の晩に最高のセックスをしに出掛ける。そこで何とも不思議な純和風の連れ込み宿を見つける。多美子は部屋に通されるやいなや妙な気配を感じる。女の淫靡な視線を。なんと、そこはかつて羅紗緬が西洋人と目交っていた場所であったのだ。だが、カーティスはそんな気配に全く気付かず、むしろ部屋の佇まいや朱色の寝巻にすっかり気分を高揚させ、多美子を愛することに懸命になっている。翌日カーティスは船で日本を出た。その後も多美子はその宿が気になり、別な男と連れだって繰り出すも、まるで狐につままれたかのように一向にその宿を見つけられない。後にハワイに停泊しているカーティスから手紙が届く。手紙には「また、きっと、いつか。ぼくたちの西瓜小屋で。」と書かれていた。それを読んで多美子は、「もしかしたら、カーティスと一緒でなければあの宿は見つけられないのかもしれない。」と考え、またカーティスとあの宿で愛し合える日を待ち望むも、それは叶わなかった。カーティスは本当の戦争に行ってしまったのである。少し切ない話であった。
5つのGIの物語には、共通してヴェトナム戦争湾岸戦争の話題が出てくる。著者が過去に知り合ったアメリカの軍人たちから聞いた戦争についての話がどうしても気になって、ぜひ文章で残さなければと思ったからであるという。これまで知り合ったGI達から聞いた話を鮮明に思い出し、それらをつなぎ合わせて戦争に関わった人々の感情についてよく書いている。山田詠美と言ったら、黒人との恋愛物が多い印象が強く、素敵な恋愛模様が毎回描かれているが、本作ではどちらかと言うと戦争の方が大きく取り上げられている。著者らしい恋愛物短編集かと思いきや、自由奔放に散っている16の短編を仕切るように立っている5つのGIにまつわる物語には、このような深い著者の思いが託されているのだ。

タイニーストーリーズ

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