『泥棒猫ヒナコの事件簿 あなたの恋人、強奪します。』/永嶋恵美

別れさせ屋」という言葉を聞いて、去年の春に起きた「別れさせ屋殺人事件」を思い出した。夫に仕組まれた別れさせ屋によって、一人の女性が命を落とした事件の真相は何とも切なかった。単にだますつもりが、ミイラ取りがミイラ取りになってしまった被告。不謹慎かもしれないが、一見ロマンチックな事件にも思えた。

日本調査業協会によると、「別れさせ屋」は全国に約250存在していると言う。探偵業者同様に素行調査をし、さらに疑似恋愛する主役が現れ、脇役の工作員を使いシナリオを演じる。事件を機に、協会は人の生活の平穏を害し、個人の権利利益を侵害するなどとして、「別れさせ工作をしてはならない」と自主規制しているが、非公式の業者がほとんどであるため完全規制は難しいのが現状だ。加えて、需要があるのだからそういった業者がなくならないのは、仕方のないことなのだろう。

普通の人なら、大金を払ってまで「別れさせ屋」を雇うことは馬鹿らしいと考える。しかし、中には大金を払ってまで誰かに依頼しなければ、別れられない不幸な人間という者がいるのである。そんな不幸な人間が大勢本作には登場する。

『あなたの恋人、友だちのカレシ、強奪して差し上げます。』という奇妙な文面の女性専用広告に導かれて、登場人物たちは泥棒猫の皆実雛子に仕事を依頼する。「DVの彼氏と別れたいため」「親友に彼氏を横取りされて、その腹いせのため」「変な男につかまった姉の目を覚ますため」と事情は様々である。料金は、基本料金が10万円、オプションが入ってくると20万を超すこともある。料金は高いが、プロの雛子の手にかかれば単に問題を解決するだけではなく、依頼者の心のケアまでついてくる。雛子の人を分析する能力が非常に長けていて、雛子の前では依頼者の本心や嘘などは見え透いており、依頼者含め別れのシナリオは雛子の手中にある。手のひらで転がされているかのように、まんまと操られるターゲットは滑稽でもあり、時に哀れにもなる。

雛子の経営する業者は、現実に起きた事件のような悪徳業者ではなく、正義のための別れさせ屋であるところが本作のすがすがしいところである。現実的に考えれば、かなり怪しい広告であることは間違いないが、そこは小説と言うことで楽天的に考えよう。ただし、6つ目のストーリーは少々犯罪の臭いがあるので、意外な展開が待っているので、心の準備をして読むことを勧める。

泥棒猫ヒナコの事件簿 あなたの恋人、強奪します。 (徳間文庫)

泥棒猫ヒナコの事件簿 あなたの恋人、強奪します。 (徳間文庫)