『俺は非情勤』/東野圭吾

本作を読み終えた後、東野圭吾のその作風の多様性に感服した。東野圭吾と言えば、最近では一番の売れっ子作家で、探偵ガリレオシリーズや新参者シリーズ、映画の公開を控えた「白夜行」、そして99年に日本推理小説作家協会賞を受賞した「秘密」が有名である。
シリーズ化された前者二作については、その内容の面白さだけでなく、主人公のユーモア溢れるキャラクター性が読者の心をつかみ、シリーズ化に至った。方向性でいえば、赤川次郎の三毛猫シリーズのようなものである。「白夜行」は東野作品の中でも超大作で、登場人物がページを追うごとに増していき、それと共に場面の切り替えも頻繁に行われるので、メモを取りながら読み進めないと、ストーリーの展開について行けない程であった。「秘密」は東野作品では珍しく一切ミステリーの要素は含まず、恋愛の要素が強い。
そして、本作はジュブナイル小説だ。学習研究社の学習雑誌「5年の学習」「6年の学習」に連載されていた作品で、私のような大学生が本来読むべきものではないとも思われるが、そんなことはない。ティーン向け小説ということで、内容自体は少々子供じみたな内容であるにも関わらず、始終名前は明かされない主人公である非常勤講師のハードボイルド性によって、作風が引き締められ、大人でも十分楽しめる内容になっている。
1章から6章で構成されており、タイトルは「6*3」や「ウラコン」など一見して一体何のことを指しているのかわからないような付け方がなされており、読者の興味を引く。主人公はストーリーごとに、勤務する小学校が変わり、担任する学級の雰囲気もそれぞれ違う。共通することは、どの学級にも問題があるということと、必ず何かしらの事件が起こるということだ。
第1章「6*3」では、勤務早々職員室で隣の席の女教師が体育用具室で殺されているのが発見される。女教師の遺体わきにはスコアボード用の数字板と紅白の旗で形作られた「6*4」というダイイングメッセージと思しきものが残されていた。並行して、クラスではいじめ問題が浮上していた。そして、結果としてこのいじめ問題が思わぬ事件の解決の糸口をもたらす。ダイイングメッセージと聞くと、昔は推理小説の一つの手として流行したが、最近ではあまり使われなくなった。ただ、ティーンの興味を引くにはとても効果的なストーリー展開の一手で、今でも小中学生向けミステリ小説では用いられることが多い。
第2章「1/64」では、担任するクラスで起きた盗難事件から子供たちの秘密が浮かび上がる。子供達が口にする「1/64」というキーワードから、事件の真相を暴く。
第3章「10*5+5+1」では、学級の異様な大人しさから、前担任の自殺とも思われる事故死に疑問を抱く。主人公の徹底した調査で団結したクラスメイトに一人立ち向かう。
第4章「ウラコン」では、飛び降り自殺未遂を起こした女生徒が飛び降り前日に電話で友人と思われる人物と「ウラコン」という謎めいた言葉を交わしあってたという母親の証言から、主人公が事件を究明する。
第5章「ムトタト」では、運動会と修学旅行という一大イベントを控えた学級に、「修学旅行を中止にしないと自殺する」という趣旨の脅迫文が届く。主人公の”オレ”が真っ先に目を付けたのは、手紙の第一発見者の体育委員長で運動神経抜群の中山と運動音痴だが将来は映画監督になりたいと考えている矢野の二人だ。二人の心情を読み解いて、事件を解決に導く。
第6章「カミノミズ」では、クラス一明るくひょうきん者として人気のある男子生徒が、机に入っていた「神の水」と書かれたペットボトルの水を飲んで倒れた。水からはヒ素が検出された。クラスの4人の生徒と学校周辺をうろつく猫、そして近所に住む男の意外なつながりから事件の真実が浮上する。
ざっと、各章の内容を紹介してみたが、どうだろう。先にも述べたように内容的には少々子供じみたストーリーだと感じた方も多いのではないだろうか。ただ、東野圭吾のすごいところは、作風を一つに特化せず、「白夜行」のような憎悪の物語から本作のような無邪気なジュブナイルミステリまで幅広く書けるという点だ。多くの作家の場合、一つの作風しか書かないのがほとんどだ。例えば、乃南アサは人間の隠された狂気を書き続けているし、貴志祐介にしてもサイコホラーものばかりを突き詰めている。その結果、両者は一定のファン層にしか受け入れられていない感がある。貴志祐介に至ってはその作品の多くを角川ホラーから出版しており、そもそも角川ホラー自体が固定ファンに向けられたカテゴリである。
白夜行」と本作「俺は非情勤」という内容的に大きく隔たった二作を書きあげる東野圭吾の頭の中身はどうなっているのだろうか。基本的にはミステリを専門にしつつも、恋愛ものや青春ものまでジャンルを問わずに平気で書きあげる力量にはすごいものがある。それは、長かった下積み時代の賜物であるのかもしれない。

おれは非情勤 (集英社文庫)

おれは非情勤 (集英社文庫)